奥多摩マイナースポットの代表格「数馬の切通し」

歴史を知り、今を知る旅

走行距離17km 走行時間50分 所要時間4時間

尾根によって分断されていた奥多摩の東西交通。当時の事情と、現在に至る交通路整備の歴史に思いを馳せながら、実際に道路を通ってみましょう。というロマンチックなこのプラン。

若干地味目なルートを巡りますが、歴史を知っていると面白さが倍増します。

まずは座学から!そこに座りなさい!

はい、と言ったわけで、旅を楽しむために、まずはお勉強から始めましょう。

登山地図なんかで見るとよく分かるのですが、奥多摩は地形的には南北に延びる尾根によって分断されています。現在は青梅街道が東西に貫いていて往来は容易。しかし、かつては険しい山道しかなく、行き来するのはかなり困難でした。特に、当時の小河内村、氷川村、古里村のそれぞれの境界では物流が遮断されていたようです。

そのため、小河内や多摩川南岸地域からは、浅間尾根、本宿を経て五日市へ、氷川、古里からは尾根伝いに山を越えてゆく秩父方面への交通が重要でした。

※注釈
小河内村=現在の奥多摩町の小河内ダムより西側。おおむね、七ツ石山と鷹ノ巣山、御前山、三頭山の山頂を結んだ四角形の内側の地域にあった村。
氷川村=奥多摩駅から小河内ダムまでの多摩川両岸と日原川流域にあった村。長沢背稜と石尾根の間から、御前山頂、大岳山頂、御岳山の山頂直下までの地域。
古里村=現在の奥多摩町の東側の地域にあった村。氷川村との境界は日向沢の峰、川苔山、本仁田山、ゴンザス尾根、城山、大塚山。
三村は1955年に合併、現在の奥多摩町になった。

江戸時代前期の元禄期、ゴンザス尾根の岩盤を開削し、数馬の切通しが作られました。これにより、氷川村、古里村間の交易が盛んになります。この場所には大正時代に数馬隧道も作られ、昭和後期に白丸トンネルが開通し現在の形になりました。

一方、小河内、氷川間はどうだったのでしょうか?旧青梅街道とも呼ばれるむかし道は明治以前に開通していましたが、明治中期の道路整備によって両地域の交易が盛んになったそうですから、それ以前は通行の困難な険しい路だったのでしょう。現に、むかし道の始まりと終わりには、ほとんど登山道のような区間が存在しています。

明治時代になり道路が改修されると、小河内村からも東部へ、盛んに物資の輸送が行われ始めました。現在の国道411号の形ができたのは昭和20年代のこと。一部はダム建設の資材運搬専用に作られた道路でした。

※注釈2
小河内ダムは1938年(昭和13年)に起工。太平洋戦争で工事を一時中断し、戦後再開、1957年(昭和32年)竣工。鶴の湯温泉を含む小河内村の集落の大半が湖底に沈んだ。鶴の湯温泉は1991年(平成3年)にポンプでくみ上げ復活した。

3世代の交通路が一堂に!「数馬の切通し」

というわけで、お勉強はここまで。フラストレーションをバネに、ハイテンションで出発しましょう。ィヤッハー!

向かうのは数馬の切通しと数馬隧道。白丸駅近くのスポットです。

岩盤に火を焚いて水をかけ、ツルハシで掘り進んだそうです。この先は白丸トンネル上部で道が寸断されていますが、是非、その行き止まりまで見てほしいです。

このスポットでは、江戸時代に開削した数馬の切通し、大正時代の数馬隧道、昭和の白丸トンネルと、同じ場所を通る3世代の交通路を一度に見ることができます。詳しくは「数馬の切通し→白丸ダム→だしまき卵専門店「卵道」→そして廃墟」をご覧ください。

ちなみに、切通しが作られる以前は、この尾根の上部を越える路が使われており、馬が通うことはできませんでした。その難所を越えるために、切通しも隧道も、岩盤を手掘りで切り開いたわけです。正に、努力と根性ですね。

渓谷沿いの裏街道「むかし道」はマイナースポットの宝庫

数馬の切通しを堪能したら、来た道を引き返し、今度は逆方向へ。むかし道を目指します。

むかし道の案内看板。上の段が左にずれてるのが気になって仕方ない。あと、南北が逆に書かれている点に注意!

むかし道の入り口はE2ring店舗から徒歩15秒くらいの場所なのですが、前述の通り始まり付近は登山道然としており、バイクでの走行はできません。今回は、E2ringから五つ目の橋となる桧村橋の手前(橋詰バス停のあたり)から入っていきます。なお、ここから入ると途中で未舗装路に出くわしてしまうため、観光情報のページでは推奨していないルートになります。今回のプランではできるだけ昔の道を辿りたいので、敢えてここから入ることにします。未舗装部分は500メートル程です。乗車のままだと危険なので、バイクは押して通行してください。

青梅街道は多摩川を渡り、トンネルで山を貫いて行きますが、むかし道は山腹の道を進みます。この辺りも、双方を見比べながら通ると大変に胸がときめいてきます。少し進むと観光トイレがあり、その近くには不動の上滝という落差7メートルの滝があります。でもまぁ、そんなことより道を見ましょう。道はスゴイ。道があるから遠くへいけるのです。人間の執念を感じます。

更に進むと、未舗装路に突入します(現青梅街道に出てしまわないよう注意!)未舗装部分の中程には、オーバーハングした巨岩をご神体とする白髭神社があります。迫力のある岩なので立ち寄って行きましょう。きっと、昔の旅人たちもそうしていたはずです。ちなみに言っておきますが、絶対に登ってはいけません!バチが当たるよ!

近くまで行って見てみよう!

「むかし道」では道を楽しもう

念のため言っておきますが、このプランは観光スポットを辿る旅ではありません。見るのはあくまでも「道」なのです。ですから、やれ緑が多くて癒されるーだの、わぁ渓流が美しいなぁだの、そう言ったことに夢中になってはいけません。何を目にしても、昔の旅人はこの風景をどんな思いで見ていたのだろう?というメタ視点を忘れずに。

このむかし道、今でこそ大半が道幅4メートル程度の「車道」となっていますが、甲州裏街道と呼ばれていた江戸時代には当然車なんてありません。車道として整備される以前はもっと細い路だったはずです。そんな想像をしながら、先へ進みましょう。

白髭神社を離れるとすぐ、弁慶の腕ぬき岩というこれまた地味なスポットがあります。この、高さ3メートルほどの岩には謎の丸い穴が開いており、弁慶がワンパンで抜いたとも言われていますが真相は不明。なぜ、そんな穴が開いているのか?真剣に考え始めると、存外面白いスポットです。

さらに少し進むと出会うのが、耳神様です。ここには、岩壁に人間の耳っぽい穴が開いていて、昔の人は耳の不調があるとここでお祈りしたそうです。お祈りの際は穴の開いた小石を見つけて供えたらしいですけど、自然に穴の開いた小石なんて見たことない。…耳神様を過ぎるとほどなくしてアスファルト舗装部分に出ます。

むかし道はまだまだ続きます。なにせ、歩いたら3~4時間の道のりですから。奥多摩マイナースポットも続きます。多すぎるので順番に箇条書きにします。
惣岳の不動尊:明治時代、水根の法印奥平家と惣岳の奥平家によって成田不動尊を勧請。
厳道の馬頭様:人一人が通れる狭い道のため、たくさんの馬が谷に落ちた。その慰霊碑。
しだくら吊り橋:細~い吊り橋。徒歩でのみ渡れる。スゴく揺れて、スゴく怖い。眼下の惣岳渓谷は巨岩奇岩の宝庫。看板に書いてある一度に渡れる制限人数が以前より減っているのは何故かな…。
縁結び地蔵尊:二股の大根を供えると恋愛成就するとかいう無理ゲー。
馬の水飲み場:馬を休ませた場所。かつては茶屋もあったとか。馬の水桶が残っています。
牛頭観音:牛馬の交通の安全を祈った場所。
虫歯地蔵:昔の人が虫歯が治るように祈った場所。お供えは炒った大豆とのことで、珍しく達成可能なミッション。

新し古い「茶屋 榊」で一休み

虫歯地蔵の向かいには、古民家を改装してないカフェ「茶屋 榊」があります。ここでランチにしましょう。充電できるお店でもあるので、バイクの充電も依頼しましょう。

このお店は、古民家をそのまま使ったレトロ空間。田舎の親戚の家に遊びに来た感がすごくてメチャメチャくつろげます。開けっ放しの縁側とか、たまらなく和みます。ずっとダラダラしてたくなる。旧街道の途中にある茶屋ですから、昔の旅人気分で足を休めてください。いや、バイクだから足は使ってないんですけどね。

さて、このレトロなカフェ、ランチのメニューは全然レトロじゃありません。一際目を引くのは、カンガルー肉のルーミートバーガー。カンガルー!カンガルー肉って、だいぶ珍しいですよね。これを食べるだけのためにでも、奥多摩くんだりまで足を運ぶ意味はあるでしょう。時々、カンガルー以外のレア食材が登場することもあります。あと、時々、急に休みの時もあるので、事前に確認してから行きましょう。

むかし道はもうちょっと続く

たっぷり休憩したらむかし道の続きに戻ります。なんかちょっともう記事的にも長過ぎの感がありますが、一緒に最後まで頑張りましょう。

玉堂歌碑:川合玉堂(かわいぎょくどう)の歌碑になります。川合玉堂は晩年を青梅で過ごした日本画家で、歌集も残しています。ちなみに青梅市には玉堂美術館なるものがあります。
堂所橋:二つ目の吊り橋。しだくら橋より揺れる気がする。板が抜けるんじゃないかというリアルな恐怖を楽しめます。しだくら橋同様、制限人数カウントダウン中!
道祖神:土地や旅の安全を守ってくれてます。

さて、この先からむかし道は急激な登りの山道に入り、バイクでは進めなくなります。道祖神の先はむかし道の案内を無視して道なりに進み、青梅街道に戻りましょう。

※勝手な想像
ダム湖に没した小河内村集落に向かうはずの道がこの場所から急激に標高を上げるのはいかにも不自然なので、本来の道は西久保の切り返しにある水道局の管理道路の方だったんじゃないのでしょうか。と勝手な想像。

むかし道をめぐる旅はここで終了です。小河内ダム(奥多摩湖)は目と鼻の先なので、ちょっと行ってパッと見ちゃいましょう。水と緑のふれあい館も意外と面白いけど、ここまでの流れと明らかにテンションが違うので、ここで紹介はしません。

小河内ダム。すごくキレイだけど、今回はついでによるだけ。

また、青梅街道からダムサイトへの分岐点には、むかし道の終点があり、そこから逆方向に辿ることができます。バイクでも、青目立不動尊(むかし道の標高最高点)まで入っていけます。この場所は眺望が素晴らしく、小河内ダム(つまりかつての小河内村集落)を見渡すことができます。NHKの古カフェ系で紹介されたカフェ「Indigo Blue」もここにあります。

アスファルトのありがたみ!帰りは新しい道で

さて、行きはむかし道だったので、帰りは新しい道を通ります。青梅街道を一心不乱に走りましょう。この区間にはダム建設の際に作られた手掘りのトンネルが残っています。80年以上前、昭和期のものになります。

昭和前期のトンネル。個人的には文化財だと思ってます。

更に、平成の道も通りたいと思います。ずーっと下ってきて奥多摩病院を過ぎたら、愛宕大橋の信号を右折します。ここから、青梅街道のバイパスである多摩川南岸道路に入ります。この先の愛宕トンネルは1998年竣工の若いトンネルです。この新しいトンネルを駆け抜けて、旅の締めくくりとしましょう。トンネルを抜けたら左折し、E2ringへ帰還してください。

江戸時代(それ以前?)から平成までにつくられた道路を辿るタイムトンネルのようなプラン、完っ全に好き嫌いが分かれそうですが、浪漫の香りを感じていただけたでしょうか?

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奥多摩を巡るための電動バイクレンタルショップE2ring

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