奥多摩には、全国的に有名な超超ハイスペックな観光スポットはありません。

じゃあ奥多摩が面白くないかというとそんな事はなく、ポイントを押えればきちんと楽しむことができます。

そこに「都心からアクセスがいい割には…」という但し書きが付かないかと言われると、うーん、あまり胸を張っては言えないのかなというのが正直なところです。

しかし、奥多摩には奥多摩の歴史があります。東京都の水瓶として。首都圏の西の果てとして。

本物のガチの地方と違うのは、あくまでも東京都の端くれとして開発されてきたという点でしょう。

そして現在は、都会が近いがゆえに逆に開発されず、便利なものがなにもない町になっている。あるところで時間が止まったような、独特の風景が生まれました。

今回の記事では、そんな奥多摩で見られる、全然オススメじゃないマイナースポットをマニアックな視点からご紹介してみたいと思います。

奥多摩に初めて来た人は行かない方がいいかも知れない場所が多いと思います。リピーターの方や、ガッカリして一日を棒に振りたい方のみ、行ってみてください。

あと、マニアック視点なので記事も大変長くなっております。暇な人や、一日を棒に振りたい人のみ、読んでみてください。

それでは始まり始まり~。

数馬の切通し・数馬隧道


最初にご紹介するのは、数馬の切通しと数馬隧道です。

→詳しくはこちらの記事で

切通しというのは、山を切り開いで道を通した場所のことです。簡単に言うと、屋根のないトンネルです。

江戸時代に開削された数馬の切通しは、周辺の交通の歴史を知らないとなんにも面白くありません。なので、簡単に説明しておきます。

数馬の切通しは現在の奥多摩駅と白丸駅の間にあり、両地域はかつて非常に険しい尾根によって隔絶されていました。

行き来するには山の上から回り込まねばならず、当時馬を通すことができなかったそうです。

そこで、江戸時代に造られた路が数馬の切通しでした。

行ってみると分かりますが、それでも十分険しい路です。拡幅などは到底できません。

大正時代になり、切通しの真下に手掘りの隧道が彫られました。これが数馬隧道(1923年:大正12年)で、これによってようやく、車両が通れる路が付きました。

数馬隧道は岩盤を穿ちぬいたトンネルで、壁面の荒々しさから当時の苦労がうかがわれます。っていうか、単純にカッコイイです。

更に昭和の後期になると二車線の白丸トンネル(1973年:昭和48年)が造られました。白丸トンネルはコンクリートのよくある綺麗なトンネルですが、切通し、数馬隧道と見比べると交通路の変遷を目の当たりにすることになり、途端に大興奮のスポットに変わります。

是非、三世代の交通路鑑賞を愉しんでください。

むかし道 マイナー編

奥多摩駅から奥多摩湖(小河内ダム)までの区間には、青梅街道の旧道にあたるむかし道があります。

むかし道にはいくつかの、ややメジャー系なスポットがありますが、大半が極めて地味なスポットになります。

それでも、一つ一つじっくり見ると、楽しい人は楽しいかも知れないみたいな気もするので、ご紹介します。

なお、筆者の趣味で選定していますので、全スポットを網羅はしていません。また、むかし道の途中で水根貨物線の遺構を見ることができますが、そちらは後の項でまとめて紹介しています。

FFチックな破損砂防ダム



むかし道に入ってすぐに、小さな人道橋があります。これを渡った直後右から沢に降り、少し遡ると砂防ダムに行きあたります。

この砂防ダムは(恐らく)2019年の台風19号の被害を受けており、その姿が非常にFFチックに仕上がっているのです。スゴイカッコイイです(と100に一人くらいは感じるかも知れない)。

全くオススメできないスポットです!

不動の上滝(ふどうのうえたき)



こちらは大抵の人が楽しめるだろうと思われる場所ですが、行き方がちょっと厳しいのでマイナー扱いしてみました。

不動の上滝はむかし道の前半にある落差10mほどの滝です。多摩川に流れ込む小中沢にある滝で、路が廃れてしまっているため、沢を登るしか到達する方法がありません。

沢を登ると言っても沢登りという程ではなく、せいぜい足首まで水に浸かる程度ですので、ちょっと頑張れば大丈夫。ただし滝つぼまでは到達できず、少し手前から岩陰の滝を眺める感じになります。

小中沢の水は驚くほど透明で、清廉です。奥多摩で暮らしている僕でも驚くほどですので、一見の価値があると思います。

行き方は、むかし道小中沢観光トイレのところから沢に入り、200mほど登れば到着です。

雨の後など増水により危険な可能性がありますので、天候には十分ご注意ください。沢の水は急に増えます。

弁慶の腕ぬき岩



むかし道の途中、白髭神社のそばにある奇岩です。高さは2メートルくらいで、腕の太さ程の丸い穴が開いています。それが、弁慶が開けたみたいだということで、弁慶の腕抜き岩と呼ばれています。

え?弁慶って奥多摩に来てたの?と疑問に思って調べてみましたがそういう話は特になく、弁慶にいわれを持つスポットは全国に点々と存在しているようでした。勝手に言ってるだけってことだと思います。

廃屋 奥多摩寮


むかし道を更に進むと、馬の水飲み場という場所の近くに風情のある廃屋が佇んでいます。

典型的な日本家屋ですが、玄関だけが突然洋風。ドアの上に「奥多摩寮」とプレートが掲示されています。

なんの建物だったのかは分かりませんが。廃墟界隈では有名なスポットのようです。

もちろん、私有地ですから中には入れません。また、老朽化により多分かなり危険だと思いますので外観を眺めて満足しましょう。

むかし道のオススメはこんな感じです。本当の詳しいちゃんとしたむかし道情報はこちらの記事をご覧ください。

ピンピンコロリ観音



氷川の最新最強迷スポットといえばこちら。ピンピンコロリ観音です。

むかし道序盤の槐木近くの林道に突如現れる謎の観音です。謎っていうのがどういうことかって言うと、この観音様、歴史もいわれもなんにもない、新しい観音様なのです。

しかし、いわれがなくても新しくても観音様は観音様です。しかもピンピンコロリとか理想の死に方ですからね。みんなでお参りして、将来はコロリとくたばりましょう!

しかもこの林道、他にもたくさんの(新しい)石仏や道祖神が立ち並んでいます。こういうのはたくさんの人が祈れば祈るほどパワーが増しますから、ドンドンかよっちゃってください!

水根貨物線遺構

奥多摩といったらコレ!本当の一番の個人的最強オススメお楽しみ観光スポットたる水根貨物線遺構のご紹介です。

まず、水根貨物線について簡単に説明します。※詳しい事はググるとすぐ出るので各自でよろしくお願いします。

昭和初期から中頃にかけ、小河内ダム建造のための工事が行われました。その資材運搬のために敷設されたのが旧小河内線、現在の水根貨物線です。

ダム竣工後は観光用の路線となる予定でしたが実現せず、休線となりました。現在は再利用の予定はなく、事実上の廃線となっています。

あくまでも休線なので、厳密にいうと遺構とは言えないかも知れませんが、ややこしいので個人的には遺構って呼んでいます。

そんな水根貨物線遺構群の中から、見学しやすいところを中心にご紹介していきます。

なお、施設そのものは現在奥多摩工業の所有であり、危険でもあることから立ち入り禁止となっています。敷地内には入らず、ギリギリ外から眺めるようにしてください。

日原川橋梁


氷川駅(現在の奥多摩駅)を出発すると、水根貨物線はまず日原川東岸を北上します。

氷川橋梁、第一氷川隧道を経て反時計回りに大きくカーブを描き、日原川を越えます。この場所にかけられているのが日原川橋梁です。

日原川橋梁はコンクリート製のアーチ橋で、下流の女夫橋上から見ることができます。

この先、線路は第二氷川隧道を抜け、氷川駅の対岸に至ります。日原川沿いを大回りすることで標高差を吸収しているわけです。

ちなみに第二氷川隧道の西口は、日原街道入ってすぐの周慶院というお寺の裏手、墓地の上にあり、見上げれば、氷川駅との標高差が分かります。

第三氷川隧道西口


むかし道の入口からほんの少し進むと、第三氷川隧道があります。

右側の法面に現れる階段を登った先です。トンネル内は緩くカーブしていて、東口の光は見えません。日当たりの悪さからかコンクリートの外壁は苔に覆われていて、世界崩壊後っぽい雰囲気です。

この階段の所には立ち入り禁止の規制表示がありませんが、線路内には立ち入らないようにしましょう。

そのままむかし道を進めば、弁天橋梁、第四氷川隧道が見えてきます。

第四境橋梁


むかし道をずっと進んで行くと、小中沢観光トイレを過ぎたあたりで境という集落に出会います。境の清泉という湧水が(やや)有名な場所です。

この境集落の上にあるのが第四境橋梁です。

第四境橋梁は高さがあり、下から見てもちょっと落ち着かない気分になります。無駄な幅員はもちろんありませんから、蒸気機関車が走って行く光景は銀河鉄道999さながらだったのではないでしょうか。

錆の出た鋼桁は今にも崩れ落ちそうで、哀愁すら感じられます。

白髭橋梁


白髭橋梁は、青梅街道(国道411号線)から見える橋梁です。

青梅街道白髭トンネル西口を出て目の前の北側、崖の上にそびえています。

こちらも第四境橋梁と同じく高さがある橋で、かなり無茶なところに通された路線であることがよく分かります。

橋梁はシンプルなコンクリート桁橋です。

第二桃ヶ沢隧道西口


青梅街道の中山トンネル東、清水燃料奥多摩営業所の脇から、北側に登っていく細道があります。

その場所で街道から見えている土手が水根貨物線の線路で、細道は小さなガードで土手の下をくぐります。

ガードの先で右側に見える階段を登ると、土手上の線路、第二桃ヶ沢隧道西口(向かって左)、中山隧道東口(向かって右)が見えます。

秋になるとススキがたくさん生えてきて憧憬の念が抑えられません。

第一水根橋梁


青梅街道の中山トンネルを過ぎると、左手に小河内ダム余水吐きが見えてきます。その展望場の道向かいにあるのが、第一水根橋梁です。

中山隧道と水根隧道に挟まれています。他の場所もそうなのですが、水根貨物線は短い区間に橋梁と隧道が連続しています。ダム工事のためにかなり強引に作られたのだと思います(氷川~小河内の青梅街道も同様なので、その視点だと青梅街道もかなり面白いです)。

展望場から見上げるとよく見えるのでオススメです。

第二水根橋梁


この第二水根橋梁は、数ある水根貨物線の橋梁群の中で、唯一国道を跨いでいます。第一水根橋梁からさらに西進すると間もなく、鋼桁橋をくぐることになります。

桁下の高さがなく、間近で真下から見ることができるので貴重です。

路線はこの橋を超えると、終点である水根駅に至ります。水根駅の痕跡は現在は遺されておらず、空き地になっています。

以上が、水根貨物線遺構のビュースポットです。むかし道をずっと歩いて行くと、他にも橋梁が見える場所がたくさんありますので、全部見たいという本格マニアの方は徒歩で巡るのがいいでしょう。

鳩ノ巣渓谷廃旅館



奥多摩の観光地を調べると、鳩ノ巣渓谷という場所がよく出てきます。鳩ノ巣渓谷は奥多摩東部の多摩川の渓谷で、荒々しい岩壁の風景が特徴的です。

が、ここでご紹介したいのはそのような素敵な美しい渓谷美ではありません。この場所に打ち捨てられた、過去の栄華の残骸。廃墟となった旅館建物の数々です。

鳩ノ巣駅から青梅街道を横断し、はとのす荘というホテル(こちらは現役営業中)の入口に向かって坂道を下ります。

左手にある観光トイレの脇を抜けると遊歩道があり、これが鳩ノ巣渓谷の入口になります。

少し下ると吊り橋があり、そのたもとには絶景カフェぽっぽというカフェ。橋からもカフェ店内からも渓谷の眺望を楽しむことができますが、そんな事はどうでもよく、橋は渡らずにカフェの脇を抜けて進みます。

しばらく進むと正面に水神様のお社がある大岩が見え、左側に廃旅館が現れるのです。

渓谷の自然美に割入る白いコンクリート製の建造物。うっそうとした木々に覆われた薄暗い空間は昼間でも薄気味の悪いものを感じます。

廃墟と廃墟の合間には沢が流れ、水神の滝という小さな滝を経て多摩川に落ちて行きます。うらびれた空気が漂う異空間は奥多摩随一の名スポットです。

個人的には絶対オススメだけど、一般観光的には絶対行かない方がいいです。お好きな方のみどうぞ。

長畑橋遺構


奥多摩駅のほど近く、徒歩3分ほどの所にも、いいものがあります。

奥氷川神社の脇から降りて行く氷川渓谷です。ここは、多摩川に日原川が合流する場所で、二つの川の表情の違いを楽しめる美しい渓谷です。

日原川は瀬、多摩川上流は淵、水の色も違い、水の温度も違います。多摩川下流方向は川幅が広がり、ほどよい広さの河原はキャンパーに人気があります。

氷川小橋と登計小橋というふたつの吊橋を含む遊歩道があり、駅の周辺でちょっと時間をつぶすのにもってこいのポイントでもあります。

が、そんな事はどうでもいいんです。この場所で推したいのはそうじゃなくて、長畑橋という、かつてここに架けられていた橋の遺構です。

現在、青梅街道は多摩川北岸を通って奥多摩駅入口交差点に至りますが、奥多摩駅と、隣の白丸駅の間には新氷川トンネルというトンネルがあります。この地点はゴンザス尾根の突端にあたり、その険しさから交通の難所となっていました。

昭和初期までの青梅街道は、難所を避けるため、青梅方面から多摩川北岸を走り、前述の数馬隧道を通過、海沢橋で南岸へ渡り、長畑橋で再び北岸へ戻るルートだったのです。

その後、昭和8年(1933年)に氷川隧道が開通。

時期は特定できませんでしたが、青梅街道が北岸ルートになったのはそれよりも後のはずです。

ちなみに昭和58年(1983年)には二車線の新氷川トンネルが造られ、現在氷川隧道は、日帰り温泉施設であるもえぎの湯へ向かう入口となっています。

さて、前置きが長くなりましたが、当時の青梅街道が南岸から北岸へ戻る箇所には、昭和橋と言うアーチ橋が架かっています。

この昭和橋は昭和34年(1959年)架橋、前身となる吊橋も昭和初期ということなので、それ以前、街道は別の橋を通っていたことになります。

それこそが、氷川と長畑を結ぶ長畑橋でした。明治時代の地図で確認してみると、長畑橋は昭和橋より西側にあったようです。

昭和橋を渡ると日原川東岸に出ますが、長畑橋は西岸です。

現在、その場所に橋はありませんが、氷川渓谷の遊歩道、氷川小橋と登計小橋の間に石積みの橋台跡が遺されています。

一見、ただの石垣なんですが、上に登ると道祖神があり、そこが道であったことが分かります。対岸にも、いかにも橋が架けられていた風の平坦地があります。

長畑橋は木製の肘木橋だったらしく、大正期に車両が通行したのか分かりませんが、虚空に往時の姿を妄想するのはたまらなく興奮しますよね。

青梅街道旧道旧橋遺構

奥多摩町を東西に青梅街道が貫いています。この区間は多摩川に沿って進み、全体にカーブの多い道です。地形全般が急峻で、多摩川もみなさんの知る多摩川とは違う、谷になっていて、険しい道のりです。

中には極端な急カーブを描く箇所もあり、後に改修されて屈曲が緩和されたりもしています。

すると当然、あちこちに古い路の遺構が見られるようになり、これが非常にそそる風景を産み出しているのです。

前述の数馬隧道や氷川隧道もそのひとつですし、もっと地味な痕跡も数多くあります。

例えば、白丸駅近くに草木澤橋があります。この橋は近代的なPC単純桁橋ですが、すぐ隣に、旧橋である上路式ワーレントラス橋、草木澤橋(同名)が現存します。旧橋へ至る道は道幅がやや狭く、きついカーブを描いています。

新橋がなかった頃の情景を想像すると胸が躍ります。

氷川以西に至ると更に顕著です。

南氷川橋、弁天橋、笹平橋、琴浦橋はいずれも青梅街道が多摩川を跨ぐ橋です。この区間は、旧青梅街道に当たるむかし道が山中を通っていて、そのまま車道化できませんでした。早くから、全く新しいルートで道路を通す必要に迫られたのです。

折り重なる尾根の合間を蛇行する多摩川。それに対して直線的に進む青梅街道は、右岸へ左岸へ、繰り返し谷を越えていきます。

早い時期に架けられたこれらの橋梁は後に新しい技術によって架け替えられたため、旧橋の橋台や、そこに至る道路の断片が遺されたのでした。

橋の前後をよく見ると、不自然な更地が見られます。そこに立ち、昔はここが道路だったのか、と思いを馳せれば、たちまち興奮して大声で叫びたくなりますよね。

小河内ダムを越えると少し事情が変わって、大規模な改修の痕跡は見られなくなります(探せばあるかも知れません)。

理由としては、小河内ダムより先の古い道路はダム湖に沈んでしまったからというのがあります。今ある湖畔の道路はダム建設の際に新たに作られた道で、しかもギリギリのスペースに作られていますから、後の改修の余地は少なかったことでしょう。

しかしこの区間に関しては、湖底の道路を想像するということができるので逆に楽しいのはお分かりいただけると思います。

皆さんも、奥多摩の入口たる川井から、山梨県との都県境まで、想像力と観察眼をMax稼働させながら歩いてみてはいかがでしょうか。興奮して血圧上がっちゃいそうですね。

旧川井橋・旧八雲橋遺構



さっきから遺構遺構って過去の遺物ばっかり紹介していますが、どうやら奥多摩って、さりげなく古い物を保存しようとしているみたいなんです。

水根貨物線なんかは撤去費用の問題とかで残ってるだけかも知れませんが、川井駅の近くには、手間暇かけて保存された古い物があります。

それが、旧川井橋と旧八雲橋の遺構です。

両橋は、川井交差点から青梅街道を200mほど西進した場所にあった橋です。今は架け替えられて、一見橋とは分からない無銘橋となっていますが、旧橋の親柱と欄干だけが、歩道の中に場所を移し、遺されているのです。

場所は、川井交差点から西へ向かってすぐの所。事情を知らないと意味不明なオブジェですし、この遺物自体、極めてシンプルなデザインで、なぜ遺したのか正直分からないですが、しかし、よくぞ遺してくれたと、誰もが思う事でしょう。僕は思いました。みなさんも思う事でしょう。

青目立不動尊の上んとこ



小河内ダムの近くに、青目立不動尊というのがあります。むかし道の終盤で、山の方へググ~ッと登っていく場所です。古いお屋敷があってカフェがありましたが閉店し、今はその敷地丸ごと入れなくなっています。

カフェだったころ、庭からは小河内ダム(つまりかつての小河内村)が一望できました。

今、その景色が見られないかと言うと、かなり近いのが見れるポイントがちゃんとあります。

それが、青目立不動尊の上んとこです。

行き方は、青梅街道の大麦代トンネル東口から北側の登坂へ入り、そのままズンズン登っていきます。途中分岐があるので、右カーブする方へ行き、青目立不動尊も行き過ぎて登っていきます。徒歩20分ほどで、青目立不動尊の上んとこに到着します。

コンクリートの四角い塊があるのですぐに分かります。そこから、小河内ダムと奥多摩湖がよく見えます。電線が視界に入っちゃいますけど、気にしなければ問題ないのでオススメです。

鶴の湯源泉



奥多摩マイナーオブマイナー。奥多摩マジガッカリスポットランキング第1位。

それは鶴の湯源泉で間違いないでしょう。鶴の湯源泉は、女の湯バス停の目の前にあります。

奥多摩には、かつて大規模な湯治場がありました。小河内温泉と呼ばれ、源泉は鶴の湯、シカの湯、ムシの湯の三つと、少し離れた場所に目の湯がありました。

→詳しくはこちらの記事に書いていますのでご覧ください

これらは全て、小河内ダム湛水により湖底へ消えたのですが、後にポンプで汲み上げられて、利用されています。

そのポンプの汲み上げ場が、鶴の湯源泉と呼ばれています。

源泉というと草津の湯畑とか、お湯がドバドバ出てるのを想像すると思いますが、ここ鶴の湯源泉ではそういったことは一切ございません。

鶴の湯源泉って書かれた看板と、あとは窪みのある岩が置いてあってそこへ向けて時々チョロチョロ温泉が流されてるだけです。これはよく止まってて、というか、僕は出てるの見たことないです。

さて、それでは何のためにこんな場所へ赴くのかというと、往時を想う手掛かりとするためです。

こんな場所に源泉があるのは、上記のような事情によるものです。ここを足掛かりにして、目の前の湖の下にかつて温泉旅館が建ち並んでいたのだなと想像するのです。するとどうでしょう。なんだか胸が熱くなってきて、頬には一筋の涙が…。

この場所から東へ向かい、鶴の湯トンネルを抜けた場所から湖を見ましょう。そこには変わったものは何もありませんが、この辺りの湖底が、かつて鶴の湯源泉があった場所です。奥多摩って、とってもロマンがありますね。

奥多摩工業 工場・トロッコ

奥多摩のエモーショナルスポットとして水根貨物線遺構を挙げましたが、それと双璧をなすのが、奥多摩工業の工場とトロッコです。

奥多摩の主産業は石灰石鉱山ですが、それを担っているのが奥多摩工業、通称おっこうです。

この、おっこう、奥多摩駅の隣に工場を構えているのですが、この氷川工場が絶妙の古さと継ぎ足し感で、今にも崩れそうでありながら動き出しそうでもある、素晴らしく最高に言葉にならない風情なのです。一言でいうとFF6の瓦礫の塔。

更にエモいのは、鉱山から工場へと石灰を運ぶための無人トロッコの存在でしょう。山中に作られた曵鉄線を、無人のトロッコが行き来する。遠い国のスチームパンクみたいなおとぎ話が現実のものとなって目の前に現れるのです。

奥多摩に来たら絶対に絶対に見て欲しい(お好きな方のみ)。色々なアングルから見れるので、それぞれの眺望スポットをご案内します。

工場ビュースポット

日原川の河原から


奥多摩駅出て右手に、奥多摩町役場があります。その脇から階段を下ると日原川に降りることが出来ます。この河原を上流へ向かうと右手に工場が見えてきます。

ここは、工場を見上げるアングルで見学できる唯一の場所です。水量の少ない日なら川の中に入って、絶妙な角度から見上げまくるといいでしょう。巨大さを感じることができます。

北氷川橋から


駅前から町役場の前を通り過ぎると工場の入口があります。もちろん入ることはできません。工場入口を過ぎると北氷川橋があり、この橋上から、工場がよく見えます。山の緑と工場の灰色、錆の色、この対比がキレイです。いやキレイじゃなくて、カッコイイです。

日原川対岸から


北氷川橋を渡り、右に曲がると、釣場の第二駐車場があり、その降り口から、対岸の工場が見えます。ガードレールや木立などの遮蔽物がないので、工場を背景にした記念写真を撮るのにオススメです。

日原街道から


日原街道を北へ進むと(日原街道入口交差点から約1km)、東側に視界が開け、工場が良く見える場所があります。

工場と水根貨物線日原川橋梁、更にニールセンローゼの女夫橋が同時に見える(木立に隠れた氷川第一橋梁も心の目で見える)最高に興奮する伝説の眺望ポイントです。

栃久保から


工場の川向になる栃久保という地域。ここを上の方まで登っていくと、工場と奥多摩駅を一望できる場所があります。程よい距離から全体像が見える、オススメのポイントです。映画館でいうと中央ブロックの前から二列目。

奥多摩駅裏手


ここはあまり知られてないと思うんですが、奥多摩駅の裏の方から回り込むと、工場の敷地なんじゃないの?ってところに公道が通っていて、裏側から間近に見ることができます。

ちょっとした工場設備の下をくぐったりして楽しめますよ。

トロッコビュー

続きまして、トロッコビューにまいりましょう。こちらは、見られる場所も時間も限られています。平日昼間の、工場が稼働する時間帯に、動くトロッコが見られますが、昼休憩の時間には停まっていたりします。また、動いていない日もありますので、最終的には要するに運ですね。

日原街道白妙橋付近


日原街道入口交差点から北へ4kmほど進んで行くと、白妙橋という吊り橋があります。その吊り橋はスルーしてもう少し先で、トロッコの線路が日原街道と日原川をまたいでいます。

華奢な鉄骨で造られたアーチ橋と頭上を行き来するトロッコがカッコイイです。

奥多摩駅裏手から山中へ


奥多摩駅の裏手から回り込み、工場の脇を抜けて山中に入っていくと、トロッコが沢を越える橋梁に出会います。

トロッコを上から見れるのと、ちょっとがんばると沢筋まで降りて下から見ることもできます。

以上が工場とトロッコの情報でした。

白妙橋と小隧道



先ほどチラッと出てきましたが、日原街道を4kmほど行ったところに白妙橋があります。これは日原川をまたぐ吊り橋で、車両は通行できません。

白妙橋を越えると小さな手掘りの隧道があり、隧道の先は山中を通って大沢集落へ通じます。現在日原街道は、白妙橋の少し手前で右岸から左岸へ渡っていますが、古い地図を見るともっと奥の方まで右岸のままです。

つまり恐らく、白妙橋の先の小隧道や山中の路が、かつて街道として(もちろん徒歩の時代に)使われていたのだろうと思われます。

日原の廃道



日原街道をずーっと登って行きますと長めのトンネルがあります。延長1107mのこの日原トンネルは昭和54年(1979年)開通。それ以前は崖側にある旧日原トンネルが使われていて、その旧道の更に崖側には旧旧道がありました。

現在旧旧道は崩落により完全に消失。旧日原トンネルは奥多摩工業の鉱山施設となっており、厳重に封鎖されています。

この旧道のうち、日原トンネル西口から旧日原トンネル西口までの区間を見ることができます。

旧日原トンネル入り口に「これより先は鉱山施設ですから…」と書かれているので、そこまでは鉱山施設ではないと言うことで、多分問題ないと思います。

行き方は、日原トンネルを西に抜けたらすぐ左の脇道に入ります。そこが既に廃道です。

すれ違いがしんどそうな幅員、荒れた路面、トンネル内のカーブを警告する看板。先へ進むと、フェンスで塞がれた旧日原トンネルの入口が見えてきます。

トンネルの右側にはガードレール越しにわずかに延びる旧旧道と、大崩落の跡。

ほんの100m程の距離ですが、漂う哀愁と少しの興奮を味わえます。

なお、ここは全く整備されていない道路ですので安全性は保障できません。見に行く場合は自己責任で!筆者は一切責任を負えません!また、旧旧道は完全に命に関わる危険度なので、絶対に立ち入らないでください。

日原集落



日原トンネルを過ぎて500m程で、日原の集落に出ます。

ここは観光地ではなく、日原の住人たちが普通に暮らしている普通の場所です。しかし、ここを敢えて観て欲しいと思います。是非とも練り歩いていただきたい。

日原集落は、面白いです。家と家の間に狭い道がめぐらされていて、しかも全てが斜面にあるので、ほとんどの道が階段です。そしてどこから見ても景色が抜群にいい!

この集落がもっと賑わっていた頃どんな暮らしが営まれていたのか、見てみたいものです。

さて、そんな日原集落の中にも、マニア垂涎のエモーショナルかつフォトジェニックかつセンチメンタルな名スポットが存在しています。

奥多摩工業日原寮廃墟



日原集落の西寄りにあるコンクリートの建造物群。奥多摩工業の従業員が暮らしていた日原寮です。

山上集落の只中に不釣り合いな規模で、こんなにも大勢の人が働いていたのかと驚きます。

建物内にはもちろん立ち入れませんが、建物と建物の間の道、裏手の道などから、じっくりと観察することができます。

いかにも昭和っていう感じの建造物群は、胸が詰まるような懐かしい気持ちを引き起こします。

稲村岩



この日原集落から、日原川を挟んだ谷の向かいに見えるのが、稲村岩です。稲村岩は高さが400m近くもある岩山で、稲村岩尾根の突端にあたります。

日原集落から眺めるとちょうど独立した大岩のように見えて、迫力がある…を通り越して荘厳です。実際、岩の頂上にはお社があり、稲荷神社が祀られています。

よく見えるのは集落の西の外れあたり。熊野神社の脇の林道を少し上ってから振り返るとちょうどよい眺めです。

ちなみに、谷へ下って巳の戸橋を渡り、登山道を往くと、岩の頂上へ上ることもできます。往復90分程です。

上部の路は非常にやせているため、滑落して一撃死のリスクが高い場所です。山歩きに慣れていない方は、やめておいた方がいいと思います。僕は落ちそうになったことがあるので、もう絶対に何があっても二度と行きません。

マイナースポットは心の目で見ろ!

長々とやってまいりましたが、総じて、予備知識なしでは楽しめない場所が多かったように感じます。しかしやはり、それこそがマイナースポットの特徴であり、いいところではないでしょうか。

今回紹介したスポットには、メジャー観光地のような分かりやすい感動はありません。でも、つまらないわけではないのです。分かりにくいだけなのです。

どうか皆さん、マイナースポットは想像力をフル稼働させて、心の目で見てください。半分以上空想と妄想で楽しむのです。

最後に改めて言いますが、今回紹介した場所のほとんどは、初めて奥多摩に来た人は行かない方がいいですよ!

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